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ヤマハは、4チーム・計8台という体制で、このシーズンに臨んだ。日本人は僕を含めて3人。こんなことは、過去にはほとんど例がない。ただ、このまま3人の日本人が翌年も走れることはまずあり得ない。だからこそ僕は「生き残るためにも、頑張らなくては」と強く感じていた。
シーズンオフのテストは、いつもいいことが少ない。この年の開幕前のテストもまったくダメで、他の日本人ライダーたちの方がタイムを出していた。シーズンが始まる前からせっぱ詰まっていて、「どうにかしないと」という焦りがあった。
開幕直前にポルトガル・エストリルサーキットで行われたテストでは、思い切って前年度のセッティングにトライ。すると今までのテストとは感触がガラリと変わり、いきなり2秒近くタイムアップした。これでようやく何とか形になって、いい波に乗ったまま開幕戦となった。
序盤戦からなかなかいい走りができ、第3戦スペインGP(ヘレス)では、ロッシとトップ争いをして2位でフィニッシュした。ヘレスは僕がいたスペインのチームにとっては母国GP。観客も20万人と、お祭りのような騒ぎになる。そんな特別なレースでの2位表彰台に、チームもすごく喜んでくれて、レース後は大パーティーとなった。
しかしその後のヨーロッパラウンドではリタイアが続いた。第9戦ドイツGP(ザクセンリンク)では、ずっと3位を走っていたが最終ラップにパスされてしまい4位。続く第10戦チェコGP(ブルノ)も4位と、もう1歩というところで表彰台には立てなかった。
結局、表彰台はヘレスでの2位1回だけで、ランキングも7位。終わってみれば満足できないシーズンになってしまった。
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